オットー・ニコライの部屋

名高いオーケストラの沿革を詳しく知っていただくとともに、ルネッサンス期に作られた暖炉、梁を渡した天井と、木彫りの外装材(羽目板)をご覧いただけます。

偉大な作曲家オットー・ニコライ(1810-1849)は、幅広い分野で業績を残しており、特に喜劇にもとづくオペラ「ウィンザーの陽気な女房たち」をはじめ、今日も非常に人気がある作品を世に送り出した、ウィーンフィルハーモニーの創設者です。1841年という早い時期に、オットー・ニコライは、ウィーンの宮廷オペラの首席指揮者に就任しました。ウィーンの音楽界の重鎮のすすめを受けたニコライは、1842年3月28日に、ルドゥーテン・大ホールでオーストリア帝国の宮廷オペラの全オーケストラ・スタッフによる「グランドコンサート」を指揮しました。これこそが、ウィーンフィルハーモニーの誕生だったのです。創設の辞とそのコンサート・プログラムは、この部屋の中央にあるキャビネットに展示されています。当初「フィルハーモニック定期演奏会」と名付けられ、のちに1860年には「フィルハーモニック定期演奏会」と改称されましたが、「ウィーンフィルハーモニー協会」が正式に設立されたのは、1908年のことでした。

ご存じでしたか…

オットー・ニコライ(1810-1849)は、この建物に住んでいたことがあります。ニコライはドイツ出身の作曲家で、1841年から1847年まで、この宮殿の一室に暮らしていました。

オットー・ニコライのオペラ「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲

1992 年のウィーンフィルハーモニーのニューイヤーコンサート:カルロス・クライバーの指揮。